中津にあった幻の古墳?【亀山古墳】

姿は見えないけれど、そこにある。

古墳好きの人にとって悲しい言葉「消滅」
どんなにすごい古墳でも、必ず後世に残せるとは限りません。

4世紀から6世紀までの約400年間作られてきた古墳。すべてを残すことは難しいので、調査記録を残して消滅している…という古墳がたくさんたくさんありますが、古墳の発掘調査記録を目にする機会って普通に生活している中で、なかなかありませんよね?

円筒埴輪先生
円筒埴輪先生

埴輪に残されたメッセージ…

がちゃん
がちゃん

うわ!びっくりした。
円筒埴輪先生が急にミステリアスなことを言っている…

円筒埴輪先生の言うとおり、埴輪や須恵器など様々な出土品が伝え続けています。「ここに古墳があったよ」って。

埴輪はなんでも?知っている。

ぼんやり…

ぼーんやり。まだ実物を見ることができていないので、キャプション画像の引き延ばしです。円筒埴輪と形象埴輪の破片です。

現在、なかはくコダイマーケット開催中の中津市歴史博物館がある大分県中津市。

前方後円墳が見当たらないなぁ…と思っていたら、ありました。幻の古墳が!1955年の土取り工事で未調査のままで消えてしまった「亀山古墳」。前出のぼんやり写真は、亀山古墳の範囲だと思われる場所から出土した鎧(よろい)の埴輪と円筒埴輪の破片です。

今は消滅している古墳ですが、5世紀中期〜後半の古墳であると考えられています。なぜ、消滅しているのにわかるのか?そう…

円筒埴輪先生
円筒埴輪先生

埴輪に残されたメッセージ!!!


全国各地、そして古墳時代という400年もの長い間、広く長くたくさん出土している埴輪は、古墳を図るモノサシなのです。

5世紀後半ごろ、この地域で作られる古墳は少しずつ小さく、墳丘全長50mくらいになっていました。。しかし、どーんと大きな70mの古墳が出現します。それが亀山古墳です。さらに後円部と前方部の間に造り出しと呼ばれるステージのようなものがあったようです。急に大きな勢力が現れたように見えます。当時の首長たちの関係性が気になりますね。

円筒埴輪先生
円筒埴輪先生

埴輪の存在から、

ヤマト王権とのつながりも考えられますね!

なるほどなるほど。他の首長たちと違って、ヤマトと強くつながる首長だったのかもしれません。

古墳の姿は無くなっても、出土遺物が伝え続けている「幻の古墳」の存在に想いを馳せてみませんか?

ザクっとおいしい古墳発掘ができます!

中津市歴史博物館内カフェ華林茶房で、古墳発掘アイスを食べることができます。発掘のザクザク感だけでなく、最初から最後まで美味しく食べられるように試作に試作を重ねて完成!上にトロリとかかる耶馬茶のソースがまた、ほろにがで良いのです…。

10/2から開催される「ひたすら古墳を愛でる展」に合わせて提供開始だそうです。嬉しいなぁ。前方後円墳の敷紙作成も、ほんの少しだけお手伝いさせていただきました。


ぜひ、中津で幻の古墳を想いつつ、発掘体験してくださいね。